山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

Nさん夫妻に感謝

そう言えば、土曜日に北九州のNさん宅を訪ねた折りに、「家の場所が判りにくいから」とNさんが高速を降りた所まで迎えに来てくださって、自分の車で先導して下さったのだが、そこで思わず笑った事↓
「帽子がオソロイ!」(思わず家族で爆笑)

なんとNさんもハンチングを被っていたのだった。
「…不思議ねえ」(今時、ハンチングを普段から日常的に被っている中年以上の男性って珍しいという気がするのだが)とワシら家族で言い合う。
今までNさんには親戚の葬式(@礼服姿)でしかワシは会った事が無くて、いわゆる「普段の状態」でお会いするのは、実はワシ、コレが初めてであった。
Nさんの先導でNさん宅にたどり着くと、Nさんの奥様もウチのダンナのハンチング帽姿を見るなり、
「あらまあ!」と破顔一笑
「イマドキの人なのにハンチング帽被って…」と笑われているし(^^;
「でもそのハンチング、素敵ねえ。グレイのツイードでお洒落!」とお褒め戴く(恐縮)
「普段からハンチング愛用されているんですか?」とNさんに聞くと、N夫人、
「ウチのお父さん、帽子が好きでボルサリーノも持っているのよ!」とおっしゃる。
(「麻生太郎以外に、イマドキの日本人で、ボルサリーノを使っている人物、ついにハッケーン!!★」<思わず心の中でガッツポーズをとるワシ)

こんな事(親戚の不幸)でも無ければ滅多に会う人でも無いのに、Nさんとダンナは_血のつながりも全然無いのに_実際の親戚の以上の関係に見える。不思議だ。
Nさん宅ではNさん自ら淹れてくださった美味しいコーヒー(お店のコーヒーみたいだった!)を戴きながら、昔話を伺う。

今から40年以上前。
ダンナとその一家は当時、新婚ほやほやだったNさん宅のすぐ近所に住んでいたのだ。
当時、まだダンナの両親も_当然だが_一緒に仲良く暮らしていて、まだ2?3才だったダンナを自転車の補助椅子に乗せたダンナの父親が、
「今からこの子に『めばえ』を買ってやろうと思って、本屋まで行く所」とNさんに話しかけた事を語ってくださった。

もうこのダンナの父親も、母親も弟もこの世にはいない訳で…
彼岸から遠い記憶の中、滲んだ面影だけがボンヤリと手を振っているような話しに聞こえた。
でもとりあえず、当時、ダンナは父親から愛されていた訳で。
その確証が得られる話が聞けたのは最大の収穫だった