山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

「レオニー」

アマプラでおすすめされるがままに見た映画「レオニー」の事でも今日は書いておきますね。

この「レオニー」って映画。

てっきりアメリカ映画だと思って見続けてたら、最後、角川のロゴが出てきて「カドカワ映画だったんかいー」とひっくり返ってしまいました(;^ω^)

それはこんな映画です↓

eiga.com

今で例えるならロックスターのグルーピーみたいな女性の物語です。

自分が何者かになりたくて、日本からやって来た詩人の出版の手伝いをするうちに妊娠。

ところがその日本人の詩人は日本に帰ってしまい、自分は母の農場へ行って子供に名前もつけないまま3歳まで育ててしまうのです。

すると詩人に「日本においで」と言われて喜び勇んで日本に来てみれば、詩人には妻も家庭もあって…

さーさーどーするのよレオニー・ギルモア__てのが筋書きであります。

 

最初は「愛人でもいいじゃん、好きなんじゃないの」とか思ってたのですが、詩人が自分を愛してないと悟るやいなや、レオニーは家を出て、他の男の子を身ごもり(結局最後まで下の子の父親が誰かは明かされない)ラフカディオ・ハーンの未亡人せつさんに優しくされたりしながら生きていきます。

 

この人の呆れるところは、自分の息子(後のイサム・ノグチ)に「芸術家になれなるのだ絶対なってやるのだ」と呪いのように吹き込み、子供を小学校に通わせず、大工の棟梁に弟子入させ(これは正解)

あげく、息子を単身アメリカに送り込んで学校に入れるものの学校が閉鎖されてしまい、息子は住むところも食べるものもなく路上生活を余儀なくされたりして…

 

「よくもまあ、生きてましたよね」と呆れることが続きます。

自分が芸術家ワナビーだからって、子供にそれを強いるのは虐待なんじゃないのと思いますが。

この映画はイサム・ノグチが最初の個展をニューヨークで開催するところで終わります(「こっから先がイサム・ノグチのいいところなのに」とブーたれるワシ)

 

狂気の芸術家ワナビーでありグルーピーの母レオニーはやりたいことだけやって、余生はアメリカの田舎で好きなように暮らして年老いてゆきます。

「なんかもう、最後まで自分自分のおばさんやなあ」と呆れつつ見終わりました。

 

ワシとしては芸術家の母の伝記モノならやっぱり「岡本かの子の生涯」を見たいかなー。

男妾と夫と一緒に暮らすとか空前絶後な人生でしょ(妻妾同居なら石野真子とか他にも聞いたことあるけど)