山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

6月前半に見た映画「親切なクムジャさん」「ロリータ」「ヴィオレッタ」

今月はGyaOの映画が豊作で嬉しい!(゚∀゚)
では参ります↓

「親切なクムジャさん」(2005年 韓国)

実はワシ、この映画を、韓国映画で一番面白く見たかもしれませぬ。
少し前に見た「オールドボーイ」と同じ監督(パク・チャヌク)なんですけどね。「オールドボーイ」がなんだか話がとっちらかってて、「なんでここでこのおっさんは蛸と戦っているんだろう?」と死んだような目で見てた映画だったので、この「親切なクムジャさん」の面白さには目がさめました!

今まで「グムエル」とか「猟奇的な彼女」とか、一応評判のいい韓国映画は見てみたんですけど、どうも肌が合わないと言うか。好きになれなくて。
ゲロねたウンコねたが必ず入ってくる美意識がどうにもこうにも受け付けられなくて、見終わるとぐったりしてしまってて、面白さを感じることがなかなか出来なかったのです。

でもこの「親切なクムジャさん」は面白かったです。「嫌われ松子の一生」を韓国版でやったって印象もあり。
「女の一代記もの」として見ることもできる気がします。
まあ、オチに関してはとてもお国柄が出てますが。まあ、それは国民性だから仕方ない。
でもそれをこの監督は正面から受け止めようとした気もして、「これはこれであり」な気がしました。

「ロリータ」(エイドリアン・ライン監督 ジェレミー・アイアンズ主演 1997年)

「ロリータ」と言えば、もちろん、ナボコフ原作のアレですよ。
むかーし読んだことがあるけど、この映画を見て、「あれ??こんなメロドラマみたいな話だったっけ??」ととても不思議な気がしたのですが。
なるほど、この物語を単純化したこと(=中年の学者が魔性を持つ少女に翻弄される事を物語の主軸にした)はやはり研究者の間でも批判されているんですね。

まあ、映画ですから物語の単純化は仕方ないんですけど…物語が単純化された結果、なんだかソフトポルノみたいな物語になってて、少し笑ってしまいました。
ワシとしてはぜひ、原作での、ハンバート先生がロリータのクラスメイトの名簿を見ながら、花園を連想してうっとりしちゃうってシーンを映画化してほしかったんですけどねえ(グロテスクに歪んだ美しい花園の映像で酔わせてほしかった)

ジェレミー・アイアンズがまるでひきこもりのまま、中年になっちゃった「こどもおじさん」になってて、失ってしまった初恋の手触りを求めようと、何度も何度も執念を持って少女に手を伸ばす様子は「お見事!」でしたよお。
とっても気持ち悪かったですw

「ヴィオレッタ」(エヴァ・イオネスコ監督 2011年)

カメラマンである芸術家の母の専属モデル兼ミューズとなり、ポルノグラフィーぎりぎりのセンセーショナルな写真で世界中のメディアの人気者となり、複雑な子供時代を送ったエヴァ・イオネスコの自伝的な映画です。
なんせ自身が監督もしているので、当時の事情とかもよく描かれています。

ほぼ、リアルタイムで彼女の母であるイリナ・イオネスコの作品を通してエヴァ・イオネスコの事も知ってたので、
「そうかそんな事だったのか」とまだ少女だったエヴァが何故、あんな写真のモデルをやってたのかをこの映画を通して理解しました。
失われる子供時代、心の頼りのバアバも失い、母は元からボヘミアンで芸術の潮流に乗ってどこかへすぐ流されていってしまうので、庇護してくれる親の存在も心もとなく、大人の世界で生きていくので学校の同年代の子供達と感覚が合うわけもなく。
エヴァは孤立と孤独を深め、感化院に送られることでこの物語は終わります(その様子はまんまトリュフォーの「大人はわかってくれない」の写しでもある)

子供の頃のエヴァは知ってたのに、成人以降の活動はまるで知らなかったので(つまりそれは母のモデルになることを拒否した結果)
久しぶりにメディアで見かけたと思ったら↓

2012年11月12日、子供の頃のヌード写真撮影およびその出版について、「子ども時代を奪われた」として母親を相手取り20万ユーロの損害賠償と写真返却を求める裁判を起こした。裁判では勝訴し、母親のイリナ・イオネスコ被告に1万ユーロ(約111万円)の損害賠償支払いと写真の原版の引き渡しを命じる判決が下された Wikipediaより

…というような事があってですね。
映画中のエヴァヴィオレッタという名前なんですけどね…
現実のエヴァより5倍位キレイな子役が演じてます。
いや、もちろん、エヴァには美醜とかとは違う意味での魔力みたいな人と引きつける魅力があったのはたしかに本当のことで。
それはもちろん、カメラマンが母だからこそ撮れた写真なんですよね。自宅の一室で腐った花が甘い腐臭を撒き散らすような、不思議なインモラルな写真の数々が撮影できたその理由。
それは母と娘の共犯めいた関係でもあったはずなんですが、それが世間に出ることでその意味は変わってしまう。
母は自分の芸術と名声と日々のご飯のために自分の娘の子供時代をすりつぶした。
現実は本当にそれだけの話しなんですけどね…

この映画では触れられていませんが、母のモデルを辞めたエヴァを引き取って育ててくれたのは靴のデザイナーのクリスチャン・ルブタンって事実があるんですが。
ルブタンってエヴァとそんなに歳が変わらない筈でして(;^ω^)70年代の二人の写真とか見てみると、なるほど↓

「未成年の恋人を引き受けて面倒見た」って感じなんでしょうなあ…