山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

見せるだけ教育

・「さくらパパ」こと横峯良郎ってワシと同い年だったのね_| ̄|○
(彼は早生まれで、学年は一つ上)
「絶対55歳くらい」と思っていた、ワシの気持ちはドコへ行くでしょうね。

今日の結論=人の老化のスピードはそれぞれだが、80歳を過ぎると大差ない。

・母娘三人でプールへ行く
長女が「かれこれ1年ほど泳いでない」とか言うので、母娘三人で市民プールへ出かける。
長女は3歳から11歳まで毎週、スイミングスクールに通っていたので、泳ぎはかなり達者な方である。
クロールは勿論、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライなんでもござれな女だ。

なのに、気の毒な事に彼女が通う高校にはプールが無くて、「人並み以上に出来るスポーツ=水泳のみ」なのに(ワシと同じ)「泳ぎたい気持ち」を持て余し気味なのだ。
なので、ストレス解消手段としての「母娘でプール」とあいなった。

次女は物心ついた頃から、プールでスイスイと泳ぐ母親や姉を見て育ったせいか?
「自分も無条件に泳げる!」と確信に近い思いを持っていたらしく、生まれて初めてプールに入れた時(三歳の誕生日を迎えた直後)に、迷わずプールサイドからヘルパー(幼児の腕に装着する浮き輪状の装具)も無しに、いきなり飛び込んでしまい、そのままゴボゴボと沈んで行った__という事があった。
慌てて引き上げたが、泣きもせず、
「なんでお母さんやお姉ちゃんは泳げるのに、ワタシは泳げないの?」と大層不服そうであった。

そんな「溺れ事件」があったにも関わらず、次女はその後も一向に水を恐れる気配も無く、ガンガン水に突撃して行くタイプだった。
次女は最初から一貫して「プール大好き!」であった。

まあ、そんな風なので、次女はスイミングスクールにも通わせず、ワシが泳ぎに行くついでに常に次女を片手に抱えて携行し、一緒にタンデム状態でビート板を持ってバタ足の練習とかしていたのだが、そうこうするウチに、小学校に上がる頃にはいつのまにか泳げるようになっていた。
「特別教えもしなかったのにな」と思いつつ、「極く当たり前」にして見せる事(だけであっても)が、自然、実は教育にちゃんとなっている__って事なんだろうか?と思ったほど。

次女は気持ち良さそうに、クロールでスイスイと泳ぐ。
息継ぎも自己流であるがどうにかやっている。
さすがに背泳ぎはまだ不慣れで、「イカみたい」な泳ぎになっているが。