山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

初号機誕生のいきさつ 3

というわけで月日は過ぎて。
ワシは非常に健康体の妊婦のまま産み月を迎えました。
ところが全然出産の兆候が無くて(苦笑)
予定日を過ぎても陣痛も「おしるし」(と呼ばれる出産直前に現れる現象)も全くなかったので、入院して陣痛促進剤を使って出産することになりました。

同じマンションの皆さんが見送ってくれたので、皆さんに手を振って、
「それではちょっと病院に行って産んできます」
とマンションから病院へ向かって歩き始めるワシ。
徒歩5分程度の場所だったんで歩いて行ったんですけどねw今のワシがもし、その状態を知ったら、
「誰かに頼み込んで車で送ってもらいなさい!」と言いますけどね(^_^;)

当時、車を持ってなかったし、同じマンションの車を持っている人に送ってもらうのもためらわれて(ワシが元気いっぱいだったので)
「タクシーを呼ぶ距離でもないし」とさっさと歩いて入院しちゃったんですね。

さて、入院してバルーンを入れて陣痛促進剤を点滴しますが。
コレが全く効かない。

微弱な陣痛が延々とやってくるだけで出産が一向に進まないのです。
全身から汗はダラダラ出てくるし、微弱とはいえ陣痛が続きすぎて苦しいし。
さすがに生命の危機を感じましたね…

「骨盤の開きが悪いのかも?」と分娩台から降りて歩いてレントゲンを受けに行ったり(レントゲンを受けるために仰向けになった瞬間、このままバックリと骨盤が真っ二つに割れるかと思ったほどの激痛がですね)
病室に戻されたり分娩台に登ったり降りたり(ーー;しながら30数時間に渡る出産でした。
眠れないし食べられない。
自分で「体力はある方」と思っていましたが、その限界を試すような経験だったですね。

最後は担当医がですね。
ワシの腹の上に馬乗りになって、「ガスガス」と力を込めて押し出そうとして(怖かった)
それでも生まれずに。
ワシは酸欠で朦朧として気を何度も失うし…

今にして思えば、よくその状態で産んだなと(ーー;
よくもまあ、母子ともに無事だったなと。
自分の強運に感心します。

吸引カップで吸いだされた初号機は。
難産のせいで顔のあちこちにあざがついておりましたが(ごめんね)
それはそれは綺麗な赤ん坊で。

プリプリとよく太ってて。
血も殆どついてなくて。
ツヤツヤピカピカの「ゆでたまご」みたいな状態で生まれてきました。

ずーっとずーっと会いたかった我が子。
9ヶ月間お腹の中で育ててきた「身一つ」だったワシらはここでようやく「身二つ」になり、やっと対面できたのです。
嬉しくなって思わず、
ああ、やっと会えたね!この世へようこそ!!
と我が子に声をかけるワシ。

赤ん坊(初号機)はうっすらと片目を開いて、
「ん?」みたいな表情でワシを見返しました。
「なるほど、ワシから生まれたとはいえ、この子はワシとは全然別の人格を持った全く別個の人間なのだなあ」
とこの瞬間に感じて。
その印象は今に至ります。

そして同時に感じたのは、
「人が生まれるのってなんて自然なことなんだろう。という事は、人が死ぬというのもごく自然なことなんだろうな」
という事でした。

「人は生まれる 人は死ぬ なんて自然な流れなんだろう」
と思いましたね。
そしてその印象は以下同文。