山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

山麓庵に帰宅

熊本でラーメン食べて帰路に就く。
今回の帰省、ワシは猛反省を強いられる日々であったな(って二日しかまだ経ってナイけど?)

道は混んでいて、高速道路も事故渋滞。
ノロノロと車は進む。
右手には、雪を被って白く輝く雄大阿蘇の山並みが見えた。
弟夫婦は阿蘇の義妹の実家に出かけて行ったが、山道は大丈夫だったのだろうか?
途中、天山(先月登った)の頂上も冠雪しているのが見えた。
「あんなトコロに登ったんだねー」とイイながらノロノロ通過。
「まあ、東名とかの混雑に比べたら可愛いモノよ」と言いつつ、二カ所の渋滞をやり過ごし二時間半かかって帰宅。

家に帰ったら猫どもがケージの中から「出せ?出せ??」と鳴くので解放してやると、二匹連れだって「ご近所パトロール」に出かける。
ボイスも昨日、餌ヌキでダンナに怒られたことにナニか感じることがあるらしく、鬱屈している。
いつものように「家だ?」「嬉い??」「遊んで??」と甘えてこない。
さっさと小屋に引きこもる。

家に帰って気が付いた事。
「ウチって暖かい」
熊本は寒かったな。霜柱もバリバリだったし(ウチの近所に霜柱は立たない)
朝方の冷え込みはホントに寒かった。
冷え込みの厳しさが全然違う。
夏熱くて冬寒い土地である>熊本。

さて、帰宅して「河内山宗俊」を観る。
音声が悪くて台詞が聞き取りづらいが、なんてまあモダンな感覚な事か!
しかも話は「江戸の粋」というか「男心の粋」に溢れ、前半はお笑い、後半はアクションが堪能できる。
日本映画はこーいう財産を持っているのだから、デジタル・リマスタリングしてちゃんと映画を保存するべきだわね。
戦前にこんなモダンな感覚(しかも時代劇なのに)の映画が作られていたという事実に改めて感動する。

山中貞夫・・・「天才ってホントにいるのだ!」と言うことを改めて感じさせてくれる夭逝の監督である。
(29歳で戦病死したので、監督作は「人情紙風船」「河内山宗俊」「丹下左膳/百万両の壺」の三作しかナイが、どれも素晴らしい!)

せちたろー、夕方からなんか様子がオカシイと思っていたら風邪らしい。
夜はさっさと眠る。
九時頃ボイスに餌をやっていると、猫どもが帰ってきたので、猫どもにも餌。
「ウチの畜生共が全員で餌喰いマクリ」とダンナが言う。ホントだ。