山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

ロック教室「火事場の馬鹿力もしくは起死回生」

ちょっと1996年の時代背景を調べてみる。

あ、ワシこの年「年女」だった<今更
まだ犬も次女も居なくて、親子三人+猫一匹で暮らしていた頃だ。
当時は家に生き物が少なくて平和で静かだったな。

この夏はクローン羊のドリーが生まれたり、チャールズとダイアナの離婚が合意されたりとか。
有森裕子が「自分で自分を誉めたい」と発言したり。
ヒット曲は「名も無き詩」(ミスチル)、「空も飛べるはず」(スピッツ)、
アジアの純真」(パフィー)等々。

バブルがはじけて、ひたひたと忍び寄ってくるデフレの予感に怯えていた頃。
ウチもまだ貧乏じゃなかった(爆)
当時、「勝ち組」と「負け組」の線引きがハッキリとしてきた気がする(勝手な意見だが)
バブル崩壊の荒波に揉まれる前で、
「あれ?ウチの生活ってこのまま変わらないのかな?だとしたらすごくラッキー♪」
とか呑ん気に考えた頃だ(苦笑)

で、この2バンドを巡る当時の状況を調べてみると面白い。

ピロウズ=1996年1月に出したシングル「tiny boat」で100万枚ヒットを狙うがオオゴケ。
他人の意見を熱心に取り入れて「売れるように作った」のに「売れなかった」のが最大の遺恨。
この事件により山中さわお、クリエイターとして再生。
「もう他人の言う事なんか聞かない!自分が好きなようにしかやらない。それで人に
分かってもらえなかったら、自分たちはアマチュアに戻っても構わない」と腹をくくって、
シングル「ストレンジカメレオン」を1996年6月に発表。

エレカシ=センセーショナルなデビューで一部コアなファンを掴むが厭世的な作品が続き、
ついに1994年、古巣のエピックソニーとの契約を打ち切られる。
2年間ほどメジャーからは遠ざかるが、1996年、ポニーキャニオンと契約。再デビューを果たす。

あはは、なんだココでもこの両者、すごく似ているのね。
バブルが崩壊して、メジャーレコード会社も抱えるアーティストの数に限界を感じて、
あんなに好景気の時代には「とりあえず契約してデビューさせて、育てよう」という
姿勢だったのが一転して、「売れるバンド」と「売れないバンド」の線引きを
はっきりさせた時代。
売れないバンドはクビを切られてアマチュアに戻るか、解散するかしか道が無かった
そんな時代>1990年代半ば。

そこで、「やっぱり音楽をやり続けたい」と火事場の馬鹿力でもって、起死回生を成し遂げた
のがこの2バンド。素晴らしいね。