山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

常に変わるということ

という訳で、先日のFACTORY見てますなう。
色んなバンドでてますが、面白かったのは「0.8秒と衝撃(略称=ハチゲキ)」でしたね。
最近見たバンドの中で一番面白かったです。
チャンスがあったらライヴも見てみたいなー。

今回の放送でのオオトリは怒髪天だったのですが。
怒髪天は来年(2014年1月12日)武道館!だそうで。(´・∀・`)ヘー

怒髪天は一昨年以来見てないのですが(福岡公演がホールだったので行かなかった)
武道館も椅子席になるのかな?
武道館で椅子席…もしこの情報が本当だったら…
戦没者慰霊式典みたいな感じ?<ものの例えがアレ

ここは、「おおお、怒髪天があの神聖な武道館でやるとなっ!?」と感動スべきなんでしょうけど。
なんだろうな、ワシのこの冷静な雰囲気…( ´ー`)y-~~

初めて怒髪天を見たのが2007年3月?
その時からお互い(特にワシが?)遠くに来ちゃった&変わっちゃった…て事なんでしょうか?
人間て、自分は変わらないと思っていてもいつの間にかドコかで変わった時点というのが確実にあるんですよね。
ソレを自分で認めたくないだけなのかもしれません。
「あの時のワシと今のワシは確実に別人(の価値観)」という事なのかもしれません。

とかいうことを思っていたらこんな記事を見つけましたよ↓

『Time』誌も報じているこの研究は、「人間は、現在が固定点であり、
自分が今後もずっとそのままであり続けるような状態にたどり着いたと考えているように思われる」と述べている。

確かに、性格と価値観は年齢とともに落ち着いていくが、常に変化し続ける。
それにもかかわらず、人々は時間や出会い、人生の状況が自分の性格にもたらす影響を過小評価する。
研究者たちはこの現象を、「『歴史の終わり』幻想」と呼んでいる。

彼らの説明によれば、幻想を抱くのは、大きな認識論的問題である。
そしてこのために研究は、非常に多くのヴォランティア被験者を集め、彼らの好きな音楽や食べ物、趣味、友人、
ヴァカンスの選択に関係する質問に答えてもらった。そしてついに、このような結論に至った。

・わたしたちは年を取れば取るほど、自分が変わったことや、将来自分が変わるかもしれないことを信じられなくなっていく。わたしたちは賢くなり、完成されたと信じている。
若者たちも、現在の自分たちの性格はより優れたものだと考える傾向があり、自分たちの信念や趣味がある日、
変化するかもしれないと仮定することがなかなかできない。

・その結果として、自分が過去とは違っていることを認めたとしても、これからさらに変わっていくことは認めない。
http://wired.jp/2013/01/17/personality_changing/

肉親を亡くしたり、乳房の3分の1を無くしたり。自分より大切だった愛犬を亡くせば…
そりゃあ別人にもなりますって。
それを受け入れなきゃね。悲しみでも絶望でも諦めでもなく。ありのままで受け入れたいですね。
ワシは変わったんですよ。