山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

昭和の会社の落とし前

と、言うわけで。

たった一ヶ月間、試用期間でバイトに来てた大学生のために厚生年金の掛け金を払ってくれた会社もあったんだなあ_が今回の発見でした。

昭和の頃の思い出ですが。当時は警固神社前のバス停に立つと、その一ヶ月だけ就職してた会社があったビルがありまして。その会社の看板が見えてたんですよね。

で、天神西通りを歩いていると、その会社の人に偶然会ったりして。

「そっか、デザイナーとして頑張っているんだ」と喜んでくれてたこともありましたっけ。

いつのまにかそのビルも立て変わって。会社の看板も見なくなり。

その会社は平成4年頃までは本社住所を荒戸(福岡市中央区)に変えて営業してたようです。

「昔はそんな手厚いことをしてくれる会社があったんだねえ」と1983年の春に一ヶ月だけオットが働いてた会社のことを懐かしく思い出したのでした。

(でも40年近く前にたった一ヶ月だけ関わりがあった会社の事をよくぞ思い出したよワシ)

と、言うわけで(本日二度目)

年金事務所からもらってきた「迷子の年金」を本家に統合するための書類をとっとと書きまして、さっさと投函するのであります。

 

昨日は思わず年金事務所で、「でもたった一ヶ月分ならもらう金額が増えても、微々たるものですよね?」とかワシ、言っちゃったんですけど。

職員さんに、「でも会社はちゃんと払い込んでくれてたわけですから、少ない金額でももらってください」と言われちゃいましたよ(;^ω^)

そう。確かにそうなんですよ。

そんな風に新卒の大学生を引き受けてくれてた会社もあったんですよね。

もしも、あの時、H先生のスカウトを断って、あのまま最初の会社で働いてたらどんな人生だったんでしょうね。

 

卒業制作展で作品を一目惚れしたH先生にスカウトされて、オットは当時、ものすごく迷ってまして。

「就職させてくれた会社にも申し訳ないし、でもデザイナーになるのは夢だし」

と煩悶してたんですが。

「この際、会社には平謝りに謝って、H先生のところに行きなよ」と背中を押したのはワシなんで。

なんとなく、その「一ヶ月で会社をやめた」エピソードは心に引っかかってたんですよね(だから40年近くもよく覚えてた)

まさか、そのエピソードのオチが年金事務所で待っていようとは。

夢にも思ってませんでしたよ(そもそも厚生年金を払ってくれてたとは知らなかった)