山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

子育てに自分のお金は使わない主義の人

というわけで、今回の熊本行で色んな人の人生模様も見てきたわけですが…

一番衝撃だったのは、前回(今年1月)のお葬式にて出席してなかった人の動向を聞いたことでした。

その時は「もともと体が弱いと聞いてたし、入院でもしているのかな?」くらいに思ってて、詳しい話は聞かないでいたんですね。

 

うちなんかの場合…

子育てや家庭運営にかかわるお金の問題ではほぼ実家に頼ったことがなくて。

つまりそれは「身の丈にあった暮らしをする」「子供の教育にお金はかけない」ってことになるんですね。

おそらくは、少子化の一番の理由って「いつまで独身気分で若者でいたい」という人が増えたせいもあると思うし、その気持に至った理由も「子供を持つのは贅沢」という意識があるような気がするんですね(個人的見解)

 

昔、娘ズの同級生とか、「月の習い事や塾のために10万円かけている」という人がいて、「ひょえー」と単純に驚いたことがありますが…

うちなんか…初号機のときですら月の習い事て「親子でスイミング 月額3800円」「ピアノ 月額3500円」くらいだったし、弐号機は「初号機の時、習い事は親の負担(単純に送り迎え)が大きかったのでもうやらない」主義になってしまったので…

まあ、我が家ほど子育てにお金をかけてない家庭は珍しいのかもしれませんが…

(そもそも初号機は高校からスカウトされて入学したので学費ゼロだったし、弐号機に至っては大学の学費も無償だった)

金が無いなら知恵を出せがモットーの家庭なんでこんな事になってますが。自分としては「身の丈にあった賢い選択だった」と思ってますよ(ビンボー人なりの努力の仕方として正攻法だった)

 

同じ、「お金をかけない子育て」であってもベクトルが「その真逆」、な家庭を今回知ってしまったわけですね。

学校の制服代金ですら義実家に全額出してもらい、日本での学費はもちろんのこと、子供二人のイギリス留学費用まで全額…

となると、「それはもう子供二人で一千万円以上は義実家に出してもらっているわけか」とワシがびっくりしてしまったわけです。

 

ワシはお金があるご家庭はね、孫への援助、どんどんやればいいと思うですよ…

ただね、そこまで義実家に一千万円以上?と思われる経済的な負担をかけながら、一切の交流を完全に断ち切って、挨拶一つお礼一つせずに葬式にすら出てこない、義実家含む親戚の前に数十年単位で姿を表さないのはさすがに(色んなことに基本寛大な)ワシですら「それはどうなのよ??」と思いますよ。

そんな親の姿を見せるのは、子供の教育に良くない気がしました(なんらかのポリシーがあって、厳然としてソレを守るためにやっている事ならともかく、自分の虚飾のためとかワガママが理由になっていると単純にミットモナイ恥ずかしいという話)