山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

花屋に並ぶ人たち

なんでワシが安倍元首相銃撃事件の第一報を聞いたときに、「西大寺!?」と声が出たかというとですね。

長年のネットのお友達Y子さまが西大寺のお方なんですよ…

彼女から語られる西大寺の様子は、奈良らしいのんびりとしたほのぼのとした風景と自然を感じるもので(野鳥とか)

「駅の近くって言ってものんびりしたもんだなあ」と思ってたので、なおさら、今回の事件の衝撃が大きかったのです。

Y子さま自身も「自分の生活圏内でこんな凶悪事件が起きるなんて」と戸惑っておられました。

 

今回のことは西大寺の名前を全国に認知させたばかりか、消えることのないスティグマ(聖痕)を残した形になってしまったわけですが…

そんな中でもY子さまから教えてもらった情報を一つご紹介しておきますね。

 

Y子さまが昨日(事件翌日)事件現場近くを通りかかったら、複数の花屋さんにお花を買い求める人の長い列が出来ていたのだそうです。

安倍元首相が凶弾に倒れた現場には献花台が作られて、そこにも長い人の列があったのだとか。

数時間後、Y子さまが仕事を終えてまた同じ献花台近くを通りかかったら、雨も降ってて雷もなってたのにまだ沢山の人が献花台で祈るために並んでいたそうです。

Y子さまも献花台で手を合わせて帰ってこられて、「行列には若い人が多かった 土曜日だから全国から人が集まってたようだ」とおっしゃってました。

 

日本人は無宗教とかいう人もいますが、ワシは「全宗教」「万物宗教」だと思ってるので、このみなさんの行動は「ごく当たり前」だと感じます。

万物に心は宿り、無機物にも心を寄せ、思いがけない形で命を落とした人の死を悼む。

これは日本人として_というか「人として」当たり前の行動だと感じます。

ワシも行けるものならお花を携えて献花台で安倍元首相のために祈り、一言お礼を言いたいですもん。

多分、こんな人は多いんじゃないでしょうかね。