山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

防弾少年団とQUEEN

映画の感想を書いておく前に、ちょいと気になったニュースがあったので、そのことを先に書きますね。

BTSの原爆Tシャツ騒動 深い意味はなくファッション感覚だった?

世界的人気を誇る韓国のヒップホップグループ「BTS防弾少年団)」のメンバー、ジミンが2017年3月に“原爆Tシャツ”を着用していた問題で、テレビ朝日が11月9日放映「ミュージックステーション」への出演を中止した。

 ネット上では「日本を侮辱している」「悲しい」「被ばく者に失礼」など大きく波紋が広がっている。件のTシャツを制作したブランド「ourhistory」のデザイナーが韓国メディアの取材に応じ、「反日感情や日本に対する報復などの意図があるわけではなかった」と謝罪したが、現在もネットでは炎上が続いている。

 ストリートファッションにおいてはメッセージ性の強いデザインも少なくないが、なぜこんなTシャツが売られていたのだろう? 今回はスタイリストやファッションライターに見解を聞いてみた。

◆デザイナーが釈明した経緯は…

 原水爆のキノコ雲自体はTシャツなどで珍しくないアイコンだ。だが、どれも反核メッセージをあしらうか、何も文字がないか。

 一方、問題の韓国のTシャツは、「原爆のキノコ雲」と「日本統治からの解放を喜んで万歳する韓国人たち」の写真、そして「Liberation(光復)」「Patriotism(愛国心)」という文字が並んでいる。
 デザイナーは「原子爆弾が投下され、日本の無条件降伏により韓国が開放されたという歴史的な事実の順序を表現するため」と釈明したが、日本人からすると「原爆万歳!に見える」ということで大炎上したわけだ(ジミンはファンにもらって着ていた、と言われている)。

 また、Tシャツのデザイナーは「ブランドをスタートさせた当時、ストリートファッションが流行っていた」ことを経緯のひとつに挙げているが、どういうことなのか。ファッションライターのA氏が解説する。

「数年前から哲学的でどこか意味ありげな言葉やグラフィックを用いたようなコンセプチュアルなブランドがトレンドとなっています。しかし、実際は作っている側もなんとなくデザイン的にクールとか、なんとなくエッジが利いているとか、そういうレベルが多い印象です。今回もそういう感じだったのかもしれません」

◆原爆Tシャツは“軽いノリ”だったのか?

 そもそもヒップホップやストリートファッションの根底には、アメリカで差別や貧困に苦しんでいた黒人たちが、抑圧された気持ちや権力に対して抗う気持ちなどをファッションを通してメッセージ発信していた背景がある。アメリカに限らず、世界のストリートで若者たちが行き場のない思いをファッションで強く表現していた……。とはいえ、それも過去の話になりつつあるという。

「いまはもう時代が変わってその概念は古いのかもしれません。ブラック(黒人)、イエロー(黄色人種)、ユダヤLGBTなどが、なにかとテーマにされる対象でしたが、現在はあくまで“ファッション的にネタにしている”というか……。キワどいテーマでメッセージを主張することがカッコいい、みたいな風潮もあるんです。
 今回の原爆ネタも軽いノリだったのでしょう。ただ、一部の韓国ブランドは加減がわかっていないことも事実ですね。さすがに原爆はまずい。
 
 また、BTSのジミンは、原爆Tシャツだけでなく、ナチスっぽい帽子をかぶっていたことも取り沙汰されていますが、誤解を恐れずに言えばコスプレ的な感覚でしょう」

若い人たちは深い“意味”など考えずに着ている

 一方で、着る側の意識はどうなのか。原爆Tシャツを着たジミンの真意はわからないが、一般的に言えば、「いまの若い子たちはそこまで深い意味など考えずに着ています」と語るのはファッション業界で15年以上活動を続けているスタイリストのB氏。

「30代以上の世代でオシャレな人は、ブランドの成り立ちや背景なども踏まえて着こなしています。しかし、最近の若い子たちはSNSなどで雰囲気的にオシャレなスタイルやアイテムを探して選んでいる気がします。むしろ、そんなに意味など求めていない。日本も韓国も。

 こないだ、人気モデルのAさんがスケートブランドのスラッシャーのバッグを使っていたので『スラッシャー好きなんですか?』って聞いたら『え、スラッシャーってなんですか?』と返ってきたので驚きました(笑)。ロックTシャツなども流行っていますが、そのバンド自体を知らないなんて子も多いですよ」

 現在は良くも悪くもこだわりが少なく、テイストの異なるブランドをミックスしたり、メンズとレディースを組み合わせたり、なんでもアリのようだ。着こなしに意味がありそうで、実は意味などない……。

「最近はノンポリシーこそクール、みたいなサトリ系の若者が多いのかもしれませんね」

 実際に反日の意図があったのか、ジミンの真意はわからない。だが、批判の声が多く噴出し、Mステ出演が取り止めになってしまったように、たとえファッションだとしても今回は越えてはいけない一線を越えてしまったのかもしれない。<取材・文/日刊SPA!取材班>


↑と、いうような事があって、この防弾少年団ミュージックステーションへの出演が決まっていたのですが、抗議が放送局や番組スポンサーに殺到して、その出演を見送られたという結果になったんですね。

まあ、確かに「原爆が落ちたから我々は日本の統治から解放されて万歳三唱」とかその神経を疑う○○っぷりですが。
本人たちは反日教育を長年に渡って受けてきたこともあるし、大して自分たちがモラル的に間違っている(日本人が沢山死んでおめでとうございますというような垂れ幕を東日本大震災のあとに行われたスポーツの国際試合で披露する国民性がその教育の結果とも言える)とも思わずに、自然にやっちゃったんでしょうね。

これって恐ろしいことなんですが、それを本人たちはまるで理解してない。
「教育って恐ろしいなあ」と思うばかりです。

そこでQUEENなんですけど。
映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、バンドモノ、音楽モノの映画としてはよく出来てて、エンターテインメントとしての完成度は高かったんですけど。
ワシは映画を見ながら思いました↓

「でもさあ、QUEENの人気の凋落を語るのに、サンシティ問題は避けては通れないだろう?なのにこの映画ではまるまる削除ですかい??」(+_+)
とねw

その「サンシティ事件」に関しては2005年1月の英紙ザ・ガーディアンで読めます↓

聖フレディの罪
※原文は英語です

かいつまんで内容を紹介すると、1984年にQUEENは当時の南アフリカに於いて、そのアパルトヘイト政策(黒人と白人を厳密に分離隔離するための人種差別政策)の支柱の一つとも言える、南アフリカの白人専用保養施設「サンシティ」内にある、スタジアムにてコンサートを9回も!(1984年10月5日〜20日)行ったんですねえ。
コレは当時、世界中から批難され、「我々は人種隔離政策に加担はしない」というイギリスの音楽協会の規約を破ったのでQUEENは罰金を課せられ。国連もQUEENを(人種差別を助長する人物として)ブラックリストに載せるほどでした。

そのサンシティからQUEEN側に支払われたギャラは、正確な数字はわかりませんが、大層高額なもので、しかもその支払いにはクルーガーランド金貨が使われた(つまり、後々金貨の価値が上がってそのギャラ以上の利益を生むもの)とかなんとか…

この話で一番問題なのは、QUEEN側はサンシティから出演依頼があった時に、「楽しそうだし、行ったこと無いから行ってみようか」とものすごく軽い気持ちでうかうかとでかけてしまったって事なんですよね。
政治的な思想があったわけでもない。人種差別主義者なわけでもない。
ましてやフロントマンのフレディー・マーキュリーはペルシャ人ですよ人種的には。
なのに、人種隔離政策の支柱をなす施設にわざわざ出向いて、そこに集う人たち(つまり人種差別が国を維持するために絶対必要と考える人達)のために演奏しちゃった。
これはねえ…消せない事実なんですよ。
当時、ブルース・スプリングスティーンのバックバンドに居たスティーブ・ヴァン・ザント(ギター)がこの行為を糾弾する「サンシティ」という曲をたくさんの人種隔離政策に抗議するアーティストたちを集めて録音しリリースして、「俺達は絶対にサンシティでは演奏しない」ということを宣言するに至ります。
当然、このスティーブ・ヴァン・ザントを支持する人が多いという事になりまして…
QUEENの評価は地を這うことになるわけです。

ワシはよく、「無邪気すぎるのも罪」と言うのですが。
それを言い始めたのもこの事件がきっかけだった気がします。

QUEENがいい年をしたメンバーが4人も居て、自分の行動が何を意味するのか。よく考えもせずにやってしまったって部分では、実は防弾少年団よりタチが悪いと未だに思ってますもんワシ。
防弾少年団の場合は国の教育が悪いと言える。
嘘の歴史を積み重ねて反日教育を続けるのは国を維持するためにやむを得ないこととはいえ、もはや無理が来すぎている気がしますけどね。

でもQUEENの場合は、あまりにも浮き世離れしすぎてて、自分たちの行動の意味がわかってなかった。
世界中から総スカンを食らって、QUEENは「最低バンド」のレッテルを貼られて、「QUEEN=ダサさの象徴」みたいな位置にまで落ちるんですよ。
当時はバンド内もギクシャクの極みで解散も時間の問題みたいに言われてました。

だからこそ、LiveAIDで久しぶりに人前に出てきて、20分足らずの演奏をして、純粋に音楽によって自分たちの汚名を返上したその事が素晴らしいんですよ。

うーん、そのへんの史実をねえ…まるっと無視しても。
なかなか感動は出来ませんやねえ。リアルタイムを知っていると尚更。
史実と違うところが、割と肝心な部分で出てくるので。
「おいおい、歴史の捏造かーこれは!?」と妙にニヤニヤしてしまいました。

映画としてまとまりを良くするため_の行為と思いたいですがね。
フレディー・マーキュリーが抱えてたコンプレックスや葛藤。バンド内の人間関係の複雑さ_それを乗り越えての栄光の日々と悲劇的なその終わり方を描いてほしかったのですが、叶いませんでしたねえ…
それを描くには、アメリカ人の監督には無理だったのかもしれません。