山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ

さあ、クズ映画の記憶はザザーーーーンと海に流しまして、お約束通り。今日は早速見終えた映画のレビューを書きますね!(・∀・)

パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ (2008/米)

リアルタイムでパティ・スミスのファンであったワシには実に興味深い映画でした。
10年かけて、夫との死別から子供二人抱えて音楽業界にカンバック。世界ツアーに出て色んな物を見て色んな人に会って、色んな話をするパティの姿の記録です。

セリフなのか?(そういう映画じゃないか)ポエトリー・リーディングなのか?単なるモノローグなのか?
判断のつきかねる言葉をどんどん紡ぎ出して観客を惑わすのは手法なのか?ナチュラルなのか??

高校3年生の時だったか?初めてパティ・スミスのインタビューを読んだ。
その時彼女が語っていたのは「十代の女の子がワタシに黒革の手袋とかをプレゼントしてくれる。でも、ワタシは彼女たちが何を求めてそんな事をするのか理解出来ない」というものだった。
ワシは当時「えー、その十代の女の子の気持ちがワシはわかるなあ。パティもわかってやれよ」と思っていたので。
「実はパティ・スミスという人は中身は割と普通の人なのかも?」という印象だった。

その後、パティは結婚引退(!!)し、子どもを二人産んで普通のアメリカ人の主婦として生活していく事になり。
ワシは遠くから彼女の幸せを願い、たまにメディアに出てくる彼女の姿をチラチラと見かけていた。

ある年(今から20年ぐらい前??)、NHK黒柳徹子が司会をする「世界のエンターテイメント」とかなんとかいう番組で、米国で行われたチャリティのショーを見ていたら。
ソコになんとパティ・スミスと彼女の夫、フレッド・ソニック・スミスが出て来た。

最初フレッドがステージに出てきて、パティを招き入れる。
パティは恥ずかしそうにちょこまかとした動きでステージ中央のフレッドのもとに小走りで駆け寄る。
フレッドが「歌うよ」みたいな合図を出して、白いシャツに黒尽くめの服装のまるで双子のようなその夫婦は一曲歌ってペコリとお辞儀をしたらパティ・スミスバレリーナみたいな足取りでぴょんぴょんと飛び跳ねながらステージから逃げ去ったのだった。
フレッドが慌てて彼女の後を追いかける姿がとても印象的だった(物凄く仲睦まじくて)

「あれ?やっぱり、この人、中の人は普通の人??」

ゴッドマザーオブパンクとか言われているけど。
この人の実の姿ってのは、普通に善良な女の人なんじゃないかしら?
「そういえば、結婚の時もアンティークのウェディングドレスにトウシューズとかいう出で立ちで式を挙げたんだったなあ」
とか思い出して。

あの声。あの詩。あの作風。あの芸風。
世界中のデザイナーやおしゃれピープルに刺激を与えて未だに影響力がある人なのに。

…割と中身は普通の人…?

というのの検証作品でしたね、この映画。

夫を亡くしてボブ・ディランR.E.M.マイケル・スタイプの協力の下、カンバックを遂げてワールドツアーに。
でも、彼女にはまだ幼い子供が居る。
子供二人引き連れてのロックンロール世界漫遊紀行なハズなのに、無くした夫の面影、沢山の友達、憧れの芸術家たち、昔愛し合った男たちが現れて、過去と現在を行き来しながらなんともセンチメンタルな印象となる。
たまに実家に戻って老犬と老両親と会う。

10年間の撮影の間に子供たち二人は成長し、いつしかパティの背丈を追い越す(フレッドは背の高い人だった)
夫を亡くした当時、思春期真っ盛りだった長男はすっかり頼もしいギタリストになり、パティは長男と一緒にステージに立つと、その姿に夫と一緒に演奏した日々の印象を如実に思い出す。
ハロー・キティのTシャツを着てた幼かった長女もすっかり大人の女性となりパティを支えてくれているようだ。

ステージでは黒尽くめでスタイリッシュな美青年スタイルのパティの服装も、自宅では花柄のスカートとか履いてて。
「なるほどー」と妙な部分で感心してしまう。

「実はトイレが近い」という無駄情報も楽しくて。
アフリカで小型飛行機に缶詰になり「トイレにいけない!!」とパティがわかった時の咄嗟の行動がおかしすぎて爆笑必至。
実に普通人としての感覚も持ち合わせてて、自由人でありながら常識人でもある、良き母親でもある稀代のアーティスト、パティ・スミスの等身大の姿が魅力的なドキュメンタリー映画である。