山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

子供を産む理由

そう言えば、センター試験が終わった頃。
妙にセンチメンタルな気持ちになってしまって。
長女子を妊娠、出産した頃の事をよく思い出していました。仕事中にw

結婚して6年、一緒に住み始めて9年経つのに当時のワシは、一向に妊娠する気配が無いので「不妊治療するべきかどうか?」とグズグズと迷ってたんですね。
当時、29歳の夏。
子無し専業主婦の暮らしは(当時は経済的にも余裕があったので)優雅なもので。
暇を持て余してましたが、それなりに人生は面白くて。
友人宅の子供を世話したり(これで「子育てって面白いな!」と開眼)
夫の仕事を手伝ったりしながら、それなりに有意義に暮らしていたんですよ。

そこに、降って湧いた姑のガン宣告。
しかも主治医からは「余命2年無い」とか言われて、青天の霹靂でしたね。
「自分が出来る事はなんだろう?」と一瞬だけ考えて。
「この世を去る姑に、孫の顔を見せてやる事が今のワシに出来る一番の事なんじゃなかろうか?」と決心。
当日の午後から不妊治療に通い始めると言う、いつものワシのこの「思い立ったが吉日」の行動の素早さよ(苦笑)
幸いなことに治療を初めて3ヶ月でめでたく妊娠。

「自然な形で妊娠した子ではないという事で、生まれても愛情が持てなかったらどうしよう?」と一瞬迷いましたが。
「なーに、ソレはその時に悩めば良いさ。もう見切り発車だ!!」
と覚悟を決めて、姑の入院の付き添いをやったりしてましたね(若いって素晴らしい。今ならとても出来ない)

その後、姑は長女子の生まれるのを見届けて、長女子が生後半年の頃、雪が降る日にガンとの戦いの果てに亡くなりました。
何度も手を合わせて、頭を下げながら、「孫を産んでくれてありがとうね」と言いながら。
ガン宣告から17ヶ月後の事でした。

そんな風にして産んだ初めての子供は。
かなり規格外の子供でしたw
世話をしてて、物凄く面白かったです(言っておきますがワシは元々「大の子ども嫌い」)

「なんだ、赤ん坊って色々ちゃんとわかっているんだなあ。コレは嘘や誤魔化しの利かない存在で大切に尊重して暮らさなきゃイケナイんだな」
とスグにわかりました。