山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

ジョン・マクガフ(マッゴー)追悼

昔、大好きだったイギリス(というか、正確にはスコットランド?)のギタリスト、ジョン・マクガフ(現地の発音では「ジョン・マッゴー」らしいが)が2004年に既に亡くなっていた事を昨日、初めて知った。

http://en.wikipedia.org/wiki/John_McGeoch
http://shotbybothsides.com/mag_john.htm
マシュー・スウィートのアルバムにも参加したりしていたのね(^^;
(コレは結構意外でしたな。マシュー・スウィートアメリカ人だし)

そのキャリアはマガジンに始まり(とは言え、日本人で彼らのことを口にする人に、実はこの30年間ワシは会った事が無いんだが<それくらい、日本では「ほぼ無名」)スージー&ザ・バンシーズ、P.I.L.と、まあ、当時のポストパンクロックの一番良いバンドを渡り歩いた人ですね。
晩年はあまり幸せでは無かったようですが。
今、世界中で流行しているギターロックのスタイルの基礎を作ったのは彼、ジョン・マクガフであると、ワシはココで断言したいですね。

ブッチャーズ(bloodthirsty butchers)を最初に聴いたときに、ワシは「あぁ、ジョン・マクガフ直系のギタリストが日本にも居たんだなあ」と深い感慨に打たれました。
ストパンクロック以降、ロックミュージックに於けるギタースタイルを確立した人の一人ですね(と、言うか、彼以外に彼より古く、今のようなスタイルを築いたギタリストをワシは知らない)

今は昔。
レディオヘッドはあんなに世界中で売れているのに、その父親たるマガジンは___日本では評価されませんね。21世紀になっても(^^;
ワシ的には、30年前、「ピストルズより断然コッチ!」と力説していたのですが。
うーむ、誰からも支持されない_| ̄|〇

しかし、その後の洋楽の音楽史的流れを考えると、やはり、現在の音楽シーンに与えたマガジンの影響は絶大で。
ヴィサージュもウルトラヴォックスも、レディオヘッドザ・スミスも、なんならオアシスだって、彼らが居なければ出てくる事は無かった(筈)

マンチェスターというイギリスの寂れた一地方都市に音楽のタネを撒いた彼ら。
ピストルズの初公演を目撃した歴史に残る42人の中の一人。
その後、自らオープニングアクトを務め、マンチェスターを「ロックの町」に塗り替えた人の一人です。
世界中の(というか、特に日本の)ロックファンは、もっと彼らにリスペクトと感謝を。
R.I.P.