山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

Live at Apollo2001 ROXY MUSIC その2

ちょっとおさらい。
ロキシー・ミュージックは1971年、ロンドンにて結成されたバンド。
キング・クリムゾンのオーディションに落ちたブライアン・フェリーが音楽教師やら
デザイナーやらと呼ばわって作ったバンドである。
1972年に元キング・クリムゾンのピート・シンフィールドのプロデュースでデビュー。

当時流行していたグラムロックの波に乗り、そのキャッチーでポップなセンスが
ティーンネイジャーのハートをわしづかみ。
そこそこの人気バンドとしてイギリスでブイブイ言わす(<あやふやな表現)

所が、アメリカ進出に失敗。
当時のアメリカは「レイドバック全盛」で、このグラマラスでポップな感覚はなかなか
受け入れられるものではなかった。
(当時のアメリカはヒッピー文化の残照_というか、まだ真っ盛りな時代)
結局その空白が埋められるのは、1975年「恋はドラッグ」(Love is the drug)のヒット
まで待たなければならない。
しかし、この後、ロキシー・ミュージック自体が各自のソロ活動やサイドプロジェクトに
忙しくなり、「開店休業状態」となる。

そのスキにパンクロックの革命が起きて、本来ならば、
「ノー・テクニックにアイデア山盛り」「センスだけで勝負だ!」のロックの元祖で
あったんだから、威張っててイイ筈なのに、失恋によりブライアン・フェリーは隠遁。

1978年「MANIFESTO」を発表。
その後何故か、「俺は俺の道を目指す」とばかりに、フェリーおじさん、いきなり
チェックの半袖シャツを着込んで、「さわやかな、西海岸の風も似合う俺」を演出し始める
(ワシ、失望のあまりしばらく寝込む)

それでもやっぱり作る楽曲は素晴らしくて、
「うーん、やっぱりロキシーいいわあ」*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・*
となっていたのは事実である。
そしてついに1982年。ロキシー・ミュージックは大傑作アルバム「AVALON」を世に出す。

1979年以降、ロキシ?・ミュージックはバンドというよりも、
「ブライアン・フェリー&ヒズバックバンド」という立場に変化していたので、当然この
アルバムも「ブライアン・フェリーの結婚記念アルバム」であり、全編に渡って、
透明で力強い、「愛の賛歌」が延々と繰り広げられる。
まさに「美の結晶」な、「80年代を代表するロックアルバムの名盤」である。

おい、全然「Live at Apollo」に行き着かないじゃないか。
明日に続く。