山麓日記帳

全ては消えゆく、雨の中の涙のように

カルト映画上映会

今月号の「映画秘宝」を買って読んでいて思い出した。
「そうそう!昔はビデオも無くて、映画を見るってのは物凄く大変な事だったんだよ、ましてやカルト映画と呼ばれるものとなれば尚の事!」

いいですか、皆さん(誰?)
この日記、そうそう若い人が読んでいるとも思えないが(なんせババアが書いている日々の日記だし)、昔は「レンタルビデオ店」という存在がありませんでした。

…って書くと、物凄い「歴史の生き証人」みたいだけどさ…
昔はビデオのレンタル料金も高かったんですよ!
「一晩1本=千円」とか。
そんな時代もあ??あったねと?♪<すぐ歌う悪い癖。

ま、その「1本=千円」の時代はホント、一瞬でして(な、記憶がある)
ビデオ屋というものが普及した途端に、値段はあっという間に崩れて、
「1本=600円」くらいにレンタル料金はスグに落ちました。
その後、「1本=400円」くらいになって落ち着いて、現在に至る…のか?

あ、いや。ワシが話したいのはソレよりも前の時代の話。
「映画を見る」ってのは、劇場でロードショーを観るか、二番館三番館と呼ばれる「少し前の映画」を上映している映画館に出かけるか、テレビでタマタマ放映されているのを見るか、でなければ、映画研究会等の自主上映会に出かけて行って、観るか。しか無かった時代のお話。
そうさね。1980年代初頭くらいまでの話。

その頃、「世間で話題になったカルト映画」ってのがあってね。
「なんでも凄い不謹慎な映画で、アメリカでは長い事、上映禁止らしいよ?」というウワサが、この地方都市に住んでいる美術系の学生の耳に届いた訳ね。

「へー。そりゃあ観て観たいわね」(<基本、物見高い性格)
とか言っていたら、なんとした事か。
その映画の上映会が「親不孝通り」の飲み屋で行われるらしいと、ダンナ(当時は「カレシ」だわな)の友人が聞いてきた。

「じゃあ行ってみる?」とワシ、ダンナ、ダンナの友人の三人で連れ立って出かけたよ。
日曜日の親不孝通り。
そのお店はヌーベルバーグの名作を店の名前に掲げた、「映画ファンが集う店」として有名な店だったららしいが、詳しくは知らん。

そこで日曜日の昼間。
店内を真っ暗にして、まるで「フリーメイソンの集会」のようにして、好事家が集うブルーフィルム鑑賞会(もう説明はしません&若い人は置いて行きます)のようにして行われた上映会は、さて!?
明日に続くー!